G1-2011-3-2

 1947年、精神科医ヨアキム・ボーダマは、第二次世界大戦中に弾丸が能を貫通し負傷を負った元兵士に会った。弾丸が摘出されると、その男は最早人の顔で人を見分けることができなくなった。同様のケースは19世紀にも報告されてはいたが、prosopagnosia(顔不認知症)という用語を最初に造ったのはボーダマであった。長い間、顔不認知症は(26)と考えられていた。しかしながら、1970年代までには、負傷経験のない人も(顔不認知症)と診断されるようになっていた。2006年、ドイツムンスター大学インゴ・ケンナー・クネヒトが主導した研究は、顔不認知症が欠陥遺伝子によっても引き起こされるということを突き止めた。今では、アメリカ人の2.5%までが遺伝由来の顔不認知症変異型を病んでいると信じられている。

 患者は毎日労苦を強いられる、ある者は映画の筋書きが追えず、またある者は客や同僚を想起できない。極端なケースでは、自身の子どもや、鏡に映る自分の顔さえわからなくなる。顔不認知症を取り扱うウエブサイトを作った患者のビル・チョイサーは言う。患者は、髪とか衣類といった特徴を記憶するなどいった、人を認知するための代わりとなる手段を身につけるようになる。チョイサーは特筆する(note=でも忘れるなと言う)これらのテクニックは(27)。「私はアメリカ海軍を退役しなければならなかった」と彼は言う。「私は仲間の水兵を見分けることができなかったのです。彼らはみな同じ制服をまとい、似たような髪型をしていましたから。」もう一人の患者は、人に紹介されるときは、以前あっているにもかかわらず人の顔が思い出せない場合に備えて、「初めまして」とは言わずに、「お会いできてうれしいです」と言うと打ち明ける。

多くの医者が(28)顔府認知症。インターネットはそれ故、患者の唯一の情報源となっている。インターネットは患者に自身の症状について教え、(情報を共有するために)他の患者と繋げることを可能にするのだ。例えば、チョイサーのウエブサイトは、医学文献の(顔不認知症に対する)情報不足をある程度補い、顔不認知症の存在についての啓蒙活動に多大な貢献をしている。ほかのウエブサイトやインターネットグループもチョイサーの後追いをしていることが、ジョシャ・デイビスをして斯様に言わしめている。「いろんな点で、これはヤフーで見つけられる精神疾患である。」

(26)
1 後天的疾患
2 早期発見で治癒する
3 情緒不安の表れ
4 特定の地域によく見られる

(27)
1 医療アドバイスに矛盾するかもしれない
2 顔不認知症に固有のものではない
3 新な症状につながる
4 常に信頼できるものではない

(28)
1 顔不認知症の新たな考察を世に出す
2 顔不認知症をよく知らない
3 顔不認知症の変種を懸念する
4 顔不認知症の積極的治療に賛成する